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さあ行かなきゃ 勝負の場所へ

名言盛り沢山!学校のカイダンについて紹介してみる

学校のカイダンというドラマをご存じだろうか。

かつてこのドラマを見る前の私は勝手に上記のようなイメージを抱いていた。が、実際にはまったく違う話であった。

 

学校のカイダンにおける「カイダン」とは怪談のことではなく、階段のことだ。スクールカーストと呼ばれる学校における生徒の序列を階段に例え、その階段を一歩一歩物語が進む度に上っていくというストーリーである。

ここで簡単なあらすじと設定を説明しておこう。

学校のカイダンの舞台となるのは、明蘭学園学校。プラチナ8という裕福でルックスも優れている学校の人気者8人組が明蘭全体を牛耳っている。彼らが引き起こした不祥事は学校の手によって揉み消され、弱い者のせいにされる。そんな明蘭に無償で入ることが出来る特別採用枠で編入した主人公、春菜ツバメが学校を変えていくというよくある成り上がり物語である。

また、物語の中では強い者の象徴としてプラチナ8、弱い者の象徴としてツバメやツバメと同じく無償で編入した特別採用枠の面々、不人気な部に所属する日陰クラブの面々が描かれる。弱者対強者といった構図も物語にはありがちな設定である。

しかし、よくある物語内容や設定の中にスパイスを加えるのが天才スピーチライターである雫井彗の存在だ。「強い者にとって学校は楽園。でも弱い者にとってそこは地雷だらけの戦場」、「ただひたすら地雷を踏まないように卒業の時を待つ」と彼は1話冒頭で話す。

この地雷だらけの戦場という比喩が秀逸であると感じた。失敗を地雷に、学校を戦場にたとえるという発想が新鮮であり、そして分かりやすい。ひとつ失敗を犯してしまうと今日の味方が明日の敵になっている。それが学校という世界である。学校という世界だけに当てはまることではなく、社会全体にもあてはまることだ。彗が話した言葉は多分生きていく上で暗黙の了解であると思う。

物語の中でも誰もが疑問に感じながらも触れようとしない暗黙の了解にあえて触れていく。このドラマは革新的だ!と叫ばずにはいられなかった。

 

長ったらしい私の説明はここまでにして、最後にこの物語で登場した名言をいくつか紹介したい。

 「学校には見えない空気やルールがあって、それを破ったら一瞬で弾かれちゃう」
「だったら逃げればいいだろう?」
「逃げられるならとっくに逃げてる! けど私には、私たちには学校っていう世界がすべてだから」*1

人気者に虐げられ、パシリ扱いされるというスクールカーストの下の下の下にいるツバメだからこそ、叫ぶことが出来る言葉であると感じる。その叫びを前面に出しきっているところが「学校のカイダン」らしくて良い。

「誰かの自由を守るために、自分が不自由になる必要なんかない」*2

「頑張ってる人の方がかっこいいと思うけど」
「綺麗事言うなよ。現実はかっこいいやつがモテるだけじゃん。熱くなるなんてイマドキ流行んないし。要領よく何でもできる奴がかっこいいよ」*3

 

「これは世界で一番弱虫の反逆者が、僕がかけた言葉の魔法で自ら立ち上がり、学校のカイダンを駆け上がっていくお話」と2話の冒頭で彗が語ったように、ツバメが駆け上がる階段の途中で語られる登場人物たちの名言を楽しみに今後もこのドラマを視聴したい。

*1:学校のカイダン1話より、雨の中の公園でツバメが泣き叫ぶシーン

*2:学校のカイダン2話より

*3:学校のカイダン3話より