starlight

気付いたらSixTONESの船に乗船してた

試合の裏側で

野球が好きなのか好きじゃないのかどうしたいのか分からなくなってきたので(?)、この気持ちをどこかにぶつけたくて今ブログに綴っている。


野球を好きになって10年が経つ。
今でも母校が大好きで球場に通う元気なおばさまおじさまを見ていると、10年なんてたったそれくらいと思うかもしれない。

それでも長年の野球ファンに負けないレベルに、この10年間はすごく野球に対しては充実していたと思う。
高校野球から大学野球、社会人野球、そしてプロ野球に進む選手、メジャーリーグに挑戦する選手などたくさんの選手の野球人生を見守るファンを続けてきた。
全国各地、休みの日があれば野球のスケジュールを検索し、電車に乗って関東全域はもちろん、時には地方にまで遠征し、観戦試合数が年間100試合を超えた年もあった。好きな選手が中継ぎだっただけに、出るかどうかも分からない試合を観に行って、試合に出てきた時は勝手に運命を感じたりしていた。

高校生の時には春夏の甲子園は全試合テレビ観戦は欠かさなかったし、都道府県名を言われればすべての出場校を言えた。その年の試合のスコアだって覚えていた。何かと行事があれば「今日は野球の試合があるから」と誘いを断り続けた。贔屓のチームが勝った日にはクラスの別チームのファンの友達とずっと野球の話をしていた。大学は野球部が弱いところに進学したくなくて、野球部基準で選んだりした。

昨今のプロ野球人気が高まるにつれて、ドラフト候補に注目するようになり、アマチュア野球を中心に見るようになっていった。
学校卒業を機に辞める選手や、プロ野球に進んでも芽が出ない選手、またプロに指名されない現実を何度も目にし、いくら活躍していても野球の世界が甘くないことを知った。
需要と供給が見合わなければ指名されない。選手生命にはピークがある。過ぎてしまえばただの人だ。結果を残せずに去っていった中に、大好きだった高校球児もいる。
そんな現実を感じて辛いと思いながらも、その裏側では次の世代にまたドラフト候補を見つけて、自分が試合を観てきた選手たちが指名されていくことが楽しかったし嬉しかった。ジャニーズで言うデビューのような。一年に一度のドラフト会議の日は一番嬉しい日であり、一番悲しい日だ。

色々な思い出を掘り返すと、常に野球は10年もの間身近にあって、私の日常に欠かせないものになっていた。


日常に欠かせないものになっていたからこそ、「試合を観に行かなければいけない」という義務感が生まれた。

社会人になって、休みが土日しかなくなると朝早くから神宮球場に通うことが出来なくなった。
少しでも平日の疲れをとりたいという気持ちが勝ってしまい、野球を観に行こうという気持ちが生まれてこなかった。
そんな中、ドラフト候補の特集がされていると、「まだこの選手見たことない」という気持ちになり、「試合を観に行かなければいけない」という義務感に何故かなるのだ。
最初のうちは義務感から野球を観に行っていたけれど、そのうちに野球を観に行くことがつらくなった。


だから、義務感で野球をやるのをやめよう、と決めた。
辛い思いをして野球を観に行っても楽しめない。気が向いたら試合を観に行くくらいで良いじゃないかと思った。
夏の大会のスケジュールをすべて照らし合わせて高校野球の地区予選と、社会人野球の都市対抗のスケジュールを見ながら試合をはしごすることもしばらくないだろう。一眼レフのカメラのレンズの話をすることもなくなるだろう。贔屓チームの応援歌はどんどん分からなくなっていくだろう。ドラフト候補には知らない選手の名前ばかり並ぶだろう。
たぶん自分が知らない選手が増えていく現実を受け止められない時が来るかもしれない。

それでも9回裏2死から何が起こるか分からない野球の醍醐味を忘れたわけではないし、守備位置や戦術など監督の采配を考えつつみる野球はすごく楽しいから、いつかまたこの世界に戻って来るかもしれないけれど。