starlight

気付いたらSixTONESの船に乗船してた

担当という概念について

仕事に追われながら、合間を縫って毎週末日生劇場に足繁く通う日々を過ごしています。

というわけで秋が来ました。

 

最近慎太郎くんに会うたびに仕事頑張って良かった〜〜〜!って思うし明日からもまた頑張ろう!って思えてとても幸せです。

仕事に疲れきって常に死んだ顔をしているヲタクなので、彼の笑顔に元気をもらいながら日々生きている。

元担である安田くんは明日からまた会えなくなってしまうのが嫌で嫌でドームツアーが終わる度に泣いていたんだけど、(メチャメチャ重い女)担当が変わるとこうも世界が違うとは。

 

そんなわけで前置きが長くなってしまったけれど、フォロワーさんのはてなブログを見て、ジャニーズにおける「担当」の概念って人それぞれだなと思い、ブログに書いてみようかなと思って書いてみました。

 

私自身、担当というのは一番応援したい人だと考えていて、たとえば、コンサートの日程が被ったときにどちらにいくか決断を迫られると思うのだけれど、そのときに優先する方が「担当」だと思っている。

どっちも同じくらいの熱量の時は「掛け持ち」をしていたし、今は圧倒的に慎太郎くんがいるコンサートへ、舞台へ行きたいという思いが強くて、「森本慎太郎くんの担当です」と名乗っている。

 

一番この夏担当を降りたなと感じたのは、元担の現場に入っていても現担と現担Gのことが頭から離れなかったことだ。

他のオトコと浮気する後ろめたさというよりも、「慎太郎くん今頑張っているかな」と他の現場で仕事をしている担当の姿を思い浮かべてはなんで人間は分身できないのかと思ったり。

気になっている子が舞台やステージの上にいるのに、何かしらの要因が重なって会いに行けない状況になったとき、それでも彼のことだけ考えてしまうのはそれはもう彼が一番なことに他ならないし、その時点で担当なんだなと思います。

 

私は降りた、と言えどもジャニーズというエンターテインメントが好きだから元担も元担のGも未だにライブに通っているし、担当を降りたからってキッチリ関係を精算するみたいなことをしなくても良いとは思う。人それぞれですが。

元カレや元カノとは友達でいられる人間もいれば、そうじゃない人間もいるから。

 

そんなわけでこんなジャニヲタもいるんだよという話でした。